卑弥呼の里観光案内

当社のある桜井市は先日、卑弥呼が神事を執り行ったのではないかと思われる建造物跡が発見されたり、卑弥呼の墓ではないかと思われる箸墓古墳など、歴史的な遺跡・古墳や寺社が多くあります。
この多くの歴史名所を散策できる、三輪から奈良市へ通じる道「山辺の道」は歴史街道そのもので、多くのハイカーで賑わっております。
この歴史豊かな街に一度観光にいらしてみてはいかがでしょうか?

山辺の道紹介

■長岳寺(ちょうがくじ)
9世紀に淳和天皇の勅願を受けて弘法大師が開いたという古刹で、釜口山上にあるところから「釜の口のお大師さん」としても知られている。盛時には42の堂宇を数えたといわれるほどだが、幾度かの兵火や廃仏毀釈にあった。

■黒塚古墳
柳本古墳群の一つで、全長約130mの前方後円墳。平成10年に(1998)に卑弥呼の鏡ともいわれる33面の三角縁神獣鏡が出土した。隣接する黒塚古墳展示館内には、竪穴式石室が原寸大で復元されており、鏡や鉄製品のレプリカ等が展示されている。
〔黒塚古墳展示館〕 
開館時間 9:00〜17:00
休館日  祝日・月曜(月曜が祝日の場合はその翌日も休館)
入館料  無料

■崇神(すじん)天皇陵
実在した最初の天皇、大和朝廷の祖ともいわれる第10代天皇、崇神天皇の陵と言われている。山辺道勾岡上陵ともいい、景行陵と同じく兵陵の先端を利用した全長約242mの前方後円墳で周囲に濠がめぐらせてある。天皇陵としてはもっとも古いものといわれる。

■景行(けいこう)天皇陵
第12代の天皇、景行天皇の陵といわれている。山辺道上陵ともいい、兵陵の先端を利用して3段に構築された前方後円墳。全長約300mm、周囲約1キロに濠をめぐらせた堂々たる古墳である。

■相撲神社
穴師坐兵主神社の参道脇にある。
相撲神社は、野見宿禰(のみのすくね)と當麻蹶速(たいまのけはや)が初めて天覧相撲を行ったところと伝えられ、相撲発祥の地と伝えられる神社である。境内には、野見宿禰を祀る小さな祠が立っている。
野見宿禰は、殉死を禁止した天皇に埴輪で陵墓を飾ることを献策して、土師の職に任ぜられたことでも知られている。

■桧原(ひばら)神社
大神神社の摂社のひとつで、三輪山中にある磐座を神体としているので本殿はない。天照大神を祀り、元伊勢とも呼ばれている。井寺池周辺には川端康成などの万葉歌碑が立ち、空間の中にとけこむような風情を見せている。

■箸墓(はしはか)古墳
大きな前方後円墳。全長約272m、後円部の直径は157m、高さ23m。前方部の幅は25m、高さ13m。建造時期や大きさなどから卑弥呼の墓とも言われているが未だその確証はない。

■三輪山
48峰といわれる峰々から成り、笠を伏せたような山容が美しい。古代からもっとも聖なる山とされている。三輪山は春日山系ではめずらしく斑レイ岩で形成され、山中には巨大な岩が数多く露出している。これらの岩石群は山頂付近の奥津磐座(おきついわくら)、中腹の中津磐座、山裾の辺津磐座というように呼ばれ、それぞれの磐座には大物主神、大己貴神、少彦名神、が鎮まるといわれている。

■大神神社(おおみわじんじゃ)
三輪明神ともいい、背後の三輪山をご神体とする我が国最古の神社。御諸山(みむろやま)または神体山ともいわれ、古くから聖なる山、神の山として崇められており、三輪山神話として記紀に登場することも多い。

■金屋の石仏
金屋の村はずれにある収蔵庫に収められている2体に石仏。いずれも高さ2.14m幅83.5cm、厚さ21.2cmの2枚の泥板岩に釈迦如来像(右)、弥勒如来像が浮き彫りにされている、平安時代後期の造竜立と考えられる。

山辺の道以外にも近辺にはたくさんの名所があります。

■安部文殊院
日本三文殊のひとつ。「三人寄れば文殊の知恵」知恵の神様として信仰をあつめています。大化改新の時に左大臣として登用された安倍倉梯麻呂の氏寺として建立された桜の名所です。秋には世界各地よりさまざまな種類や色の30種ものコスモスが境内を彩ります。秋はコスモス迷路、年末は干支の花絵が展望台から見ることができます。

■石舞台古墳
蘇我馬子の墓と伝えられる石舞台古墳(6世紀末〜7世紀末前期)は我が国最大の方墳です。

■飛鳥寺
596年、蘇我馬子の発願によって建立されたと伝えられる日本最古の仏教寺院。本尊の釈迦如来像は「飛鳥大仏」の名で親しまれています。

■飛鳥坐(あすかざ)神社
延喜式神名帳に記載される古社で、事代主命他三神を祀ります。
二月に行われる「おんだ祭り」は「天下の奇祭」といわれ、天狗とお多福の夫婦和合がユーモラスに演じられます。