【伊達政宗】 永禄10(1567)年〜寛永13(1636)年
幼少の頃、右目を失明して独眼竜と呼ばれる。
福島県・宮城県・岩手県南部を支配し、仙台に本拠地を置くローマに使節を送る。
【本鎧の特徴】
漆黒に1点の三日月の金の前立はあまりも有名であり、朝鮮出兵の際、京都に立寄った当時の各大名は、奇抜な【変わり兜】などをかぶり、こぞって自軍のPRに務めた。
そんな、煌(きら)びやかで、派手な甲冑の中に、逆に漆黒に一点金で統一された奥州伊達の兵の甲冑は、統一され洗練されたイメージを当時の、京の人々に与え、この甲冑が【伊達男】の語源となったとも、伝えられる。
■戦国期 最高技術の合鉢 六拾弐間筋兜を忠実に再現
鉄一枚を一枚を叩き曲げ、強度を保つ為、(打ち)反しを打ち、その一枚一枚を張り合わせる、【戦国期】さながらの鉄六十二枚合せ鉢(兜)は現代の名工が生み出す最高傑作!!
伊達政宗のご当地、仙台市博物館プレイミュージアム(体験学習室)に光忍作の伊達政宗の六拾弐間筋兜が展示されております。
■鎌倉の名工が生んだ 五枚胴具足
伊達政宗のもう一つの特長として、胸、脇(左二枚 右1枚)、背をそれぞれ1枚板により製作された5枚胴と言う特長を持ち、伊達政宗が鎌倉の名工を仙台に呼び寄せ、当時名を馳せた【雪之下具足】と呼ばれたこの鎧はやがて【仙台(胴)具足】と呼ばれるようになって行った。
この、胴製作で行われる、広い1枚板の加工は当時も、そして現代も熟練の技術を要し、又、分離した時に非常にコンパクトにまとまる事より長期遠征など時の輸送面でも優れていた。
又細部、小鰭(こびれ)(甲冑の肩口の部分)などより、胴は近未来的なイメージさえ彷彿させる斬新なスタイルとなっている。
時代 戦国時代
| 【兜】 鉢 シコロ | 六拾弐間装覆輪黒塗り兜 本金箔張り大三日月前立 紺糸威素懸板札四段饅頭シコロ |
| 【鎧】 胴 袖 草摺 | 鉄黒塗り五枚胴具足 紺糸威素懸板札六段 紺糸威素懸板札八間六段 |
| 【小具足】 篭手 臑 佩楯 | 黒塗り六本篠篭手 黒塗り大立挙げ臑 黒漆塗り瓦佩楯 |
飾った時のサイズ 高さ約165cm/幅約70cm/奥行約60cm (鎧によって若干異なります) 収納時のサイズ 高さ約58cm/幅約66cm/奥行約51cm |
伝統工芸指定 五月人形 鎧兜飾 侍´s ARMOR & ARMS MARUTAKE Co LTD 丸武産業 |