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心の健康  美しく爽やかな心づくりのために

 健康というものは肉体は勿論ですが、心・気持ちというものもとても大事です。日々の暮らしの中で、いつも他人の目を意識して生きていたら、ストレスがたまって辛い気持になってしまいます。我欲ばかり持っていますと、モノ金が手に入らない毎日が続くと、不満と不足でやりきれなくなって辛い日々が続きます。しかし・・・。心の持ち方・置き方をほんの少し変えるだけで、気持ちがスッキり、清々して楽になれます。このコーナーでは、そんなささやかだが、チョッピリためになる心の情報を掲載していきたく思います。
まず今日は、数日前に、私のブログ「健康井戸端会議」で、NHK連続小説てっぱんの縁で、知りあうことのできたseizanさんが書かれた随想を掲載します。 とてもためになるお話です。熟読して下さい。

「お高の選択 一椀の粥」

(前略)   『日本婦道記』は,山本周五郎の初期の代表作で,昭和17年6月から終戦後の昭和21年まで,総数31篇執筆された作品で,『婦人倶楽部』に発表された。新潮文庫に収められている11篇は,昭和33年に山本周五郎自身が選定されたものだそうである。いずれも短編小説で,テーマ小説というべきかなあ。『糸車』は,この11篇の中にある短編小説である。

 (中略)   あらすじは,こうである。お高(たか)という養女19歳の主人公には,2年前脳卒中を病んで勤めを退(ひ)いた父依田啓七郎(よだけいしちろう)(松代藩,五石二人扶持(ぶち)の侍)と,10歳の弟松之助がいて,母は3年前に亡くしている。お高が,木綿糸を編んで生計を立てて,父や弟の面倒をみていた。  お高には実の親がいた。松本藩に仕えていた西村金太夫だ。身分も軽く困窮していた時代に次々と子が生まれ,松代藩の依田啓七郎にお高を遣(や)ったのである。ところが,金太夫は不思議なほど幸運に恵まれ,次第に重く用いられ,数年前には勘定方頭取り五百五十石の身分にまで出世したのである。  こうなると,貧しい暮しをしているお高の身の上が案じられ,しかるべき人を立て,引き取ることにする。前にも一度引き取りに来たが,お高は泣いて,頑として願いを聞き入れなかった。そこで,依田啓七郎は,夕飯の後お高に肩をもませながら,「お梶殿のご病気は大変重いようだ。一目会いたいという気持ちもおいたわしい。お前も一度ぐらいは看病したいだろう。」と騙(だま)して,松本の実家に行かせる。

 季節は,すっかり春めいて,迎えに来た下婢(かひ)と老僕に導かれて20里の道のりを3日かかって松本の城下へ着いた。  西村の家は,長屋門を巡らせたかなり広い屋敷であった。五十あまりとみえる婦人が現れ,笑顔で出迎えた。お梶(かじ)であった。お高は,病気は拵(こしら)えごとだとすぐ悟る。夕食のとき父・兄弟と会わされる。その場で目にする燭台はまばゆいほどに明るく,大和絵を描いた屏風の丹青も浮くばかり美しかった。かずかずの料理も高価な材料で作られていた。  その時自分の家の様子,食事の様子,依田の父と松之助のことを思い浮かべた。お高は比べたのである。今,眼前にあるものと比べれば,どんなにか貧しいだろう。しかし,その一皿の菜をどんなに心をあて作るだろう,また父や松之助が,どんなにか喜んで食べてくれるだろうと思うのであった。  お高は,三日目の夜,お梶に明日松代へ帰ると言うと,「もう依田殿と話はついているんだよ。」と,依田啓七郎の手紙を見せたり,切々とすがりつくような母親の情で訴える。お高は,心を引き裂かれるような思いで,これが親の愛情,悲しいほどまっすぐな愛だと感じ,母の温かい愛の中にへ崩れかかりそうになる。けれども,お高は,懸命に崩れかかりそうになる心を支えた。  依田の家を出て,その愛を受けることは,人の道に外れるのだ。お高は,肩をもませながら松本へ行けと言った父のことを思い出した。どんなにかつらい気持ちでおっしゃったことだろう。 「父もいい父です。弟も母のように頼っています。私は,あの家のことは忘れることができません。」と,お高は,お梶(かじ)に言った。

   お高は,あくる朝,まだほの暗いうちに松本を発(た)った。家に帰ると,お高はこう言った。  「幸せとは,親と子がそろって,たとえ貧しくとも一椀(ひとわん)の粥(かゆ)を啜(すす)り合っても,親子がそろって暮らしてゆく,それがなによりの仕合せだと思います。・・どうぞお高をおそばに置いて下さいまし,父上。」  稽古から帰って,表で二人の話を聞いていた松之助が,涙をいっぱいためて,姉と並んで、「どうぞ姉上を家に置いてあげてください。」と言った。  長いことお高と松之助のむせび上げる声が,貧しい部屋の壁や襖(ふすま)へしみいるように聞こえていた。  「では家にいるがよい。もう松本へはやらぬから。」と啓七郎がうめくような声で言った。  爽やかな朝の日光が障子いっぱいにさしつけている。いかにも春らしく、心を温められるような明るさだ。お高の操る糸車の音が,ぶんぶんとそのうららかな朝の空気を震わせて聞こえてくる,蜂の翅音(はおと)にも似たしずかな,心のおちつく柔らかい音である。  啓七郎は,それを聞きながら,松之助にこう言った。「おまえ成人したら姉上をずいぶん仕合せにしてあげなければ,いけないぞ。姉上は,この父やおまえのためにせっかく仕合せになれる運を捨てて呉れたのだ。」

 松之助は,はっきりと頷(うなず)いた。糸車の音はぶんぶんと歌うようにしずかな呻(うな)りを続けていた。