【古地図】角館町割絵図 江戸時代中期 享保年間 (両面印刷)
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【古地図】角館町割絵図 江戸時代中期 享保年間 (両面印刷)

江戸時代中期 享保年間の角館町割絵図の複製です。
現在も、ほぼこの町割絵図と同じに町割りなっており城下町の風情を残しています。

○角館「町割絵図」 享保年間(1716〜1736)
○町人町の屋敷割図 享保21年(1736)

サイズ  たて約755mm × よこ約1025mm
      ※JIS仕上げ寸法 B1より若干大き目です。
荷 姿  ポスター用の筒に入れて折らずにお届けします。

¥1,000税込 /

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商品詳細 角館の今に続く町並みをつくったのは芦名(あしな)氏で、江戸時代のはじめ1620年(元和6年)のことでした。
その後は佐竹北家の城下町として栄えました。
 
玉川と桧木内川に沿いに市街地が拓け、三方が山々に囲まれたこの町は、歴史ある武家屋敷と桜並木が美しい、
まさに「みちのくの小京都」と呼ぶにふさわしい風情を漂わせた観光名所です。

町は「火除(ひよけ)」と呼ばれる広場を中心に、北側は武家屋敷が建ち並ぶ「内町(うちまち)」、
南側は町人や商人が住む「外町(とまち)」に区分されました。

資料によると古城山の裾野から南に382間(約687メートル)、東西に一線を引き火除けとする。
幅12間(約21メートル)、東西に160間(約288メートル)の空地を設け中央から少し南側に高さ1丈(約3メートル)の土塁を築き、
完全に内町と外町を遮断する」とあります。
外町で火災が発生した時に内町に引火しないように、火除けを設けたと云われています。
更に土塁の真ん中には木戸門を設けており夜になると閉めていたそうです。

北の武士社会、南の商人・職人社会に分かれていた町割りは、290余年後の今もその成り立ちを残したままです。

縮尺等の違いはありますが、現在の町割りがわかる資料として、観光ガイドマップをお付けします。
かつての武士や町人の暮らしに思いをはせながら、角館町割絵図をお楽しみください。