
| 1.イタリアンジュエリーの概要 | |
| ●ゴールドジュエリー | |
| ●ホワイトゴールドジュエリーとニッケル事情 | |
| 2.イタリアンジュエリーの生産地 | |
| ◆ | ゴールドジュエリー |
| ●ヴァレンツァ | |
| ●ヴィチェンツァ | |
| ●アレッツォ | |
| ●トーレ・デル・グレコ | |
| ◆ | 銀製品(シルバーウェア、シルバージュエリー) |
| 3.イタリアンジュエリーに関する制度 | |
| ●貴金属の刻印(IDマークと品位マーク) | |
| 4.その他 | |
| Column 1 日本のシルバージュエリー輸入黄金年 | |
| Column 2 中国でメイド・イン・イタリーの人気 | |
| Column 3 イタリア人のジュエリーライフ | |
1.イタリアンジュエリーの概要
| ゴールドジュエリー | |
| 生産 年間500トン前後のゴールドを加工しています。これは世界全体の20%、ヨーロッパ全体の75%に相当します。 輸出 ゴールドジュエリー産業は、イタリアの経済、とりわけ輸出部門で最も重要な割合を占めています。総加工量500トンの内、70%が輸出され、イタリア貿易収支の第4位にランクされています。 業界の規模 企業数:9600社強(内、300〜400社は従業員20人以上、8200社はそれより小規模の企業 小売店数:25000店 従業員数:123000人強 |
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| イタリアは世界最大のゴールドジュエリー生産国です。それを支えているのは、伝統に裏打ちされた金細工師たちの豊かな創造力と自由なイマジネーションです。 イタリアの金細工の伝統は、エトルリア文明にまで遡ります。エトルリア人は、紀元前8世紀から紀元前3世紀にかけて、イタリア中部を支配していた謎の民族ですが、文明は高度なレベルに達し、紀元前7世紀頃にはすでにきわめて洗練された金細工技術を有していました。 その最高の技法が、粒金細工(granulazione)です。直径1〜5ミリのゴールドの粒を、目に見えないほどの微細な溶接で貼り付ける装飾法で、高度な名人技が必要とされました。もう一つは、金線細工あるいはフィリグリー(filigrana)と呼ばれる技法で、ゴールドを細かく糸状にして透かし模様を編んでいく細工でした。 とくに粒金細工は、熟練を要したため、紀元前3世紀にエトルリアが滅びるとともに消失してしまいましたが、19世紀以降、再現を試みる研究と失敗が繰り返されてきたいわくつきの古代技法です。 さて、紀元7世紀末になると、エトルリアの金細工にギリシアの影響が見られるようになります。これは小アジアのギリシア植民地から流れてきた職人たちが伝えたものと思われます。 以後、イタリアは他民族の文明の影響を受けていきます。ローマ帝国を滅ぼした異民族たちは、エナメル技法や他に類を見ない細かい細工のバックル・ブローチなどをもたらしました。象眼などの革新的な技術も導入されます。また、ビザンチン人・アラブ人などのエキゾチックなテイストも加わり、ますます充実していきます。 イタリアンジュエリーは、ルネッサンス期を迎えると、大きく開花します。ベンヴェヌート・チェッリーニに代表される金銀細工のマエストロたちが、自由な空気の下、競うように才能を発揮するからです。 こうしてイタリアンジュエリーの伝統は、連綿と現代に伝えられているのです。これこそ文化遺産の名にふさわしい伝統ではないでしょうか。 |
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| Column 1 | |
| 日本のシルバージュエリー輸入黄金年 1998年 1998年の日本のシルバージュエリー輸入量が、前年比+20.6%の115トンという歴史的な数字を記録しました。金額にして191億3000万円というのも、+50.2%という破格的なものでした。これは30歳代までの若年層にシルバーが大いに流行したためです。 輸入相手先のトップはアメリカで50%のシェア、ついでタイ、イタリアと続きます。 1999年度上半期でも、87トン(前年同期比+46.6%)、121億2000万円(+29%)を記録しています。 |
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| ホワイトゴールドジュエリーとニッケル事情 | |
| ホワイトゴールドは、ゴールドと他の金属(ニッケルや銅など)との合金です。ここではイタリアにおけるニッケル事情を取り上げます。 イタリアンジュエリーにおけるニッケル事情 イタリアでは、ニッケル関連指針を受けて保健衛生省令が公布され発効しています。 ●2000年7月21日以降、いかなるメーカー、いかなる輸入業者も、欧州指針に定められた制約事項に適合しないニッケル含有製品をイタリア市場に出すことができなくなりました。”市場に出す”とは、イタリア領土内で流通または利用するために、有償または無償の労働力を通して市場に製品を最初に送り出すことを意味します。たとえば、メーカーから卸売業者または小売業者への製品引き渡しがそれに当たります。したがって、非適合製品をメーカーがひきつづき生産できるのは、イタリア国外市場向けの場合に限られることになりました。 ●2001年7月21日以降は、2000年7月21日以前に合法的に市場に出された製品を除き、非適合製品を最終消費者に販売または譲渡することができなくなりました。実際には、イタリアの小売業者は、在庫処分を目的に、その後1年間は適合・非適合にかかわらずニッケル製品の販売が可能でしたが、2001年7月21日以降、法律に適合する製品および非適合製品であれば、2000年7月21日以前に入手したことが証明できる場合のみ販売できることになりました。 ニッケルはつぎの製品への使用を禁じられています。 1.耳朶またはその他の人体の部位に開けられた穿孔に、その傷が完全に治癒しないうちに差し込まれる金属製品。ただし、その製品がどこを取っても均質で、また総質量に対するニッケルの質量で示すニッケル濃度が0.05%未満の場合は対象外とします。 2.この濃度は、EN1810にのっとって、原子吸収スペクトル分析法を使って測定されます。 皮膚と直接的かつ継続的な接触をともない、ニッケルの転移率が0.5ug/cm2/週を上まわる以下の製品。転移率はEN1811にのっとって測定されます。 ○イヤリング ○ネックレス、ブレスレット、チェーン、アンクレット、指輪 ○腕時計のケーシング、時計のベルトと留め金 ○衣類に用いられるホック、バックル、リベット、ファスナー、金属製の商標 3.ニッケル使用製品でも、表面がニッケル・フリーの素材で加工されている前項2に挙げた製品。ただし、ニッケルの転移率が、製品を通常に使用したときに、最低2年間、0.5ug/cm2/週を超えないことが保証されているものは対象外とします。 この場合の転移率は、EN12472にのっとって、摩耗や腐食をシュミレートする検査法で測定されます。 この分析検査は専門の試験所で行われています。ただし、検査が複雑な上に、おなじ技術基準を採用しても、さまざまな解釈の余地があるため、試験所によって分析結果にばらつきが出る可能性があります。 その解決策は「ニッケル・フリー」の合金/プレ合金を使った製品づくりをすることです。 (イタリア金細工協会資料より) |
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| ゴールドジュエリー | |
| イタリアのゴールドジュエリー産業は、大都市を遠く離れた地域で発展してきました。独特の製品を作り出す伝統技術もさることながら、60年代の好景気の時期に、海外からの原材料の補給と製品の需要が増えたことにより大いに飛躍を遂げました。つまり、作れば売れる時代だったのです。そのため熟練した職人たちが生産地に集まるようになりました。こうして形成された主要生産地が、地金ものゴールドジュエリーのアレッツォとヴィチェンツァであり、貴石・半貴石入りジュエリーのヴァレンツァであり、珊瑚とカメオのトーレ・デル・グレコです。その他にも、ミラノ、フィレンツェ、ナポリなど重要生産地があります。 | |
| ●ヴァレンツァ ポー河流域は、幾世紀もの間、金の採集が盛んな土地でした。経済的関心を呼ぶほどの金鉱があったわけではないのですが、多くのマニアの関心を引き、ヴァレンツァに金細工の伝統が生まれるきっかけになりました。 現在、ヴァレンツァの金細工地域の企業数は1350社(内、900社がメーカー、500社が零細工房)です。およそ9000人の従業員が働き、約30トンのゴールドを加工、年間総売上高は1兆5000億円です。 輸出は総生産量の50〜60%を占めています。輸出相手先として、高級品への嗜好の強いヨーロッパ諸国が大きな割合を占めていますが、これはヴァレンツァのジュエリーが高度なテクニックを要する手工芸品で、豪華で値の張るジュエリーが主流だからです。ヴァレンツァのジュエリーは他の生産地に比べ、ほとんどの行程が手づくりに依存している関係で、高度な技能と洗練されたクリエイティブな才能が要求されます。 ●ヴィチェンツァ ヴァレンツァとは対照的に、ヴィチェンツァの産業は多岐にわたり、ゴールドジュエリーはその中の一部でしかありません。他の生産地に比べ、従業員数は一番多いのですが、ヴィチェンツァの他の産業(機械、テキスタイル・アパレル、皮革製品)と比べると、決して多いとは言えません。地理的な集中度も、ヴァレンツァほどではありません。主要な生産地はバッサノ・デル・グラッパ、ヴィチェンツァ市内、トゥリッシーノですが、パドヴァやトレヴィーゾや、他県までも広く分布しています。 ヴィチェンツァ周辺では1100余りの企業で11900人の従業員が働き、およそ200トンのゴールドを加工しています。ヴィチェンツァが「ゴールドの町」として名声を博しているのは、製品の種類が豊富であり、外国市場と密接な関係にあり、また世界中の関係業者が集う見本市「ヴィチェンツァオーロ」「オーロジェンマ」の開催地であるためです。 ヴィチェンツァの企業平均規模は、イタリアの全国平均よりも高く、職人工房的な小規模企業でも工業化が進んでいます。きわめて専門化の進んだ大規模企業も数多く、非常に高度なテクノロジーを駆使した生産を行っています。 ●アレッツォ アレッツォはゴールドジュエリーの古い歴史と伝統の町です。近年、工業化が進み、イタリア全土の39%に当たるゴールドを加工するほどの産地となりました。この町に、世界のリーダー的存在であるイタリア最大の企業ゴーリ・エ・ズッキ・グループのウノアエレの本社があります。このトップ企業のリーダーシップと長い経験から、多くの新しい企業が誕生し、アレッツォのゴールドジュエリー産業を活気づけています。現在、企業数1470社、従業員数10000人です。 アレッツォはイタリアで最大の貴金属加工量を誇り、ゴールドチェーン、ブレスレット、ネックレス、ピアス、シルバージュエリー製造の小規模および大規模企業が存在します。石入りジュエリーは稀です。当初からアレッツォはマシーンメイドのチェーンにほぼ特化することで、他の生産地とは異なる特色を示していましたが、市場のニーズにより、現在では他の製品をも幅広く生産するようになり、世界中から高く評価されています。とくに、精密鋳造、フィリグリー、ハンドメイドあるいはマシーンメイドの中空加工、また半完成品などは最も需要の高いものです。 ●トーレ・デル・グレコ トーレ・デル・グレコはヴェスヴィオス山とナポリ湾に挟まれた温順な風光の地で、観光と漁業の盛んな港町です。 珊瑚製品の世界的中心地として、トーレ・デル・グレコには700社の製造企業が存在し、総売上高は4000億リラに達しています。従業員数は4000人を超え、世界で採取される珊瑚の90%以上を加工しています。19世紀以降、それまで珊瑚採取のみを営んでいたトーレ・デル・グレコの人たちは、採取・加工・販売のフルサイクルの経済活動をはじめました。同時に貝殻や溶岩に彫刻を施す技法を発展させました。こうして作られたカメオは世界中に輸出され、シェルカメオと言えばトーレ・デル・グレコの専売特許となっています。 |
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| 銀製品(シルバーウェア、シルバージュエリー) | |
| ゴールドやプラチナと同じく貴金属であるシルバーは、月のシンボルとして、悠久の昔から人類に知られてきました。現在までに地中より採掘されたシルバーは100万トンを超えると言われています。それらは銀貨、武器、日常品、装飾品として使用され、戦争や天変地異などで再び地中に埋もれては数世紀後にまた掘り出されリサイクルされて、時代にあった新しい製品として鋳造し直されてきました。ですから、今日われわれが身につけているシルバージュエリーは、その昔アキレウスの盾やカール大帝の銀貨だったこともあり得るわけです。 型押しの什器やカトラリーは、主にパドヴァ、トレヴィーゾ、ヴェチェンツァとその周辺、アレッサントリア、フィレンツェ、ボローニャ、パレルモで作られています。手づくりの什器、燭台、シルバージュエリーの一部は、ミラノ、フィレンツェ、パレルモで製造しています。大部分のシルバージュエリーは、アレッツォとヴィチェンツァで生産されています。 ★洋食で使用するナイフ、フォーク、スプーンなどを総称して「シルバーウエア」といいます。 |
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| シルバーウェアの歴史 | |
| 現在知られている最古のシルバーウェアは紀元前3000年前のもので、貴金属細工誕生の地とされるメソポタミア、、カッパドキア、トロイア、フェニキアなどのシュメール人の墓から発見された瓶類です。 紀元前2世紀になると、ローマ人がシルバーの熱狂的は収集をはじめました。古代ギリシア時代にギリシア本土や各地の植民都市で作られた什器類の多くは、ローマ人のためのものでした。このように、古代ギリシア様式は古代ローマ様式に溶け込み、さまざまな用途のシルバーウェアを生み出していきました。 ルネッサンス期の到来で、フォーク、カップ、水差しなどの新しい什器もつくられるようになり、シルバーウェアも充実していきます。それまで洗練された作法のなかったフランス宮廷にフォークやナイフを使用する習慣をもたらしたのは、他でもない、フィレンツェから嫁いでいったカテリーナ・デ・メディチでした。 バロック時代には、オランダと並んでイタリアのシルバーウェアがヨーロッパを制するようになります。18世紀中頃は、世界中のブルジョア階級が「ドメスティック・シルバー」を好んで用いるようになり、それが社会的地位のシンボルとなりました。そのためシルバーウェアの加工技術が飛躍的に進歩し、品質・デザインともにハイレベルなものとなりました。 19世紀は工業化が進み、テイストも時代とともに変化しました。20世紀になると、銀職人の間でデリケートな草花装飾のリバティ様式や、幾何学模様のアールデコが熱狂的に受け入れられるようになりました。 イタリアの銀職人たちの多くはミラノ、トリノ、ヴェネチア、ジェノヴァ、フィレンツェ、ローマ、ナポリ、パレルモなどの都市に分散しています。これはイタリアが多くの都市国家から成り立っていたためで、古代ローマ帝国時代からバロック、ロココを通じて現代に至る時間の流れの中で、それぞれの都市独特のスタイルを発達させてきたのです。 |
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| Column 2 | |
| アメリカの消費ブームを反映して、1999年1〜9月期のイタリアンジュエリーのアメリカへの輸出高が前年同期比34.7%増を記録しました。ホンコン、日本、レバノンといった従来からの輸出相手国でも伸びを記録したほか、中国やオーストラリアでもメイド・イン・イタリーの人気は上がりつづけています。 | |
3.イタリアンジュエリーに関する制度
| 貴金属の刻印(IDマークと品位マーク) | ||||||||||||||||||||||||||||
| イタリアでは法律によって、ゴールド・シルバー・プラチナ・パラジウムにIDマークおよび品位マークの刻印を定めています。 | ||||||||||||||||||||||||||||
| IDマークは、製造者または輸入者の登録番号と、所在地である県の略号を併記するもので、貴金属の計量・検査を行う県の度量衡検査局から割り当てられています。 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 政府の発行する貴金属のIDマークは製造者登録番号を付して刻印されます。 | ||||||||||||||||||||||||||||
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| IDマーク: | ||||||||||||||||||||||||||||
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| 1000分率で表示される貴金属の品位マークは、規則によって定められた形と寸法の図案の中に表示する義務があります。 | ||||||||||||||||||||||||||||
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| イタリアで用いられているゴールドの品位 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 333=8K 500=12K 585=14K 750=18K | ||||||||||||||||||||||||||||
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| ゴールドジュエリーに関連のある県の略号 | ||||||||||||||||||||||||||||
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| Column 3 | ||
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| 配送やお支払い方法について簡単にご説明いたします。詳しくは 「■ お買い物ガイド」 をご覧ください。 | |||||||||||||||
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