●わたしたちの夢や憧れを集める世界のブランドです。
伝統と歴史に育まれ、それを支える職人たちの手で数々の名品を生み出してきたブランドを、ご紹介いたします。
■【BURBERRY/バーバリー】
※トレンチコートをはじめ、長い時を経てなお、多くの人に愛され続けている正統派英国流ブランドです。
■【DKNY/ダナキャランニューヨーク】
※仕事先からパーティーに直行できる服をコンセプトとした、トータルファッションを提案したダナ・キャランは、セカンドラインには、愛娘には着せたい服として発表した活動的なラインが、DKNYです。
■【BOTTEGA VENETA/ボッテガ ヴェネタ】
※1966年モルテード夫妻により、北イタリアで創業されました。
やわらかく上質な革を編み上げた「イントレチャーライン」をトレードマークに、伝統的な革工芸技術を、現代風にアレンジされたソフトメッシュタイプのバッグで、一躍有名になりました。
■【AGATHA PARIS/アガタ パリ】
※フォーマルから、カジュアルまで、リーズナブルな価格でさまざまなシチュエーションをカバーするAGATHAのアクセサリーです。
パリのモード感いっぱいのアクセサリーです。
■【COACH/コーチ】
※1941年、皮革小物工房として、スタートしました。
野球のグローブを参考に、より柔らかな皮の質感を生かしたバッグ作りへと発展しました。
発色の美しさとベーシックなデザインが人気です。
■【BVLGARI/ブルガリ】
※ギリシャの片田舎・エピルスという小さな町に、古い銀細工師の一族として生まれたソティリオ・ブルガリは、19世紀半ばに移住したイタリアはローマで、先祖伝来の技術を生かした宝飾店を創業しました。
それから、およそ120年、世界中のセレブリティを魅了し続ける、高級ジュエリーブランドとして地位を築いたブルガリです。
クラシカルとモダンを融合した柔軟な発想や、独特のデザインセンス、クオリティを追求し続ける高い技術力で、ここ数年、さまざまなカテゴリーへの進出を図ってきています。
当然ながら、いずれの製品もブルガリらしい洗練と大胆さが生かされたこだわりの品質で、人気が高いです。
■【LOUIS VUITTON/ルイ・ヴィトン】
※1854年、パリのオペラ座に近いカプシーヌ通りにオープンした世界初の旅行カバン専門店がそもそもの始まりです。
もともとは、旅行者のための荷造りを請け負う専門業者だったという初代ルイ・ヴィトンが最初につくったのは、「グリ・トリアノン」と呼ばれる四角いスーツケースでした。グレーの無地で飾り気のないデザインでしたが、軽くて丈夫な点が評判を呼びました。
当時は旅行カバンの素材は、豚の革が主流でしたが、ルイ・ヴィトンは、「グリ・トリアノン」に防水加工を施したキャンバス地を使いました。
さまざまなアイデアを持っていた彼は、その後も創意工夫を重ね、平積みできる長方形のトランクや、エレガントなルックスのドレス専用ケース「ワードローブトランク」などを次々と発表してヒットさせました。
特に、ワードローブトランクの優雅さは、画期的で、まだ船の旅が主流だった時代の特権階級の人々の心を決定的に捉えました。
■【GUCCI/グッチ】
※1921年、フィレンツェのヴィーニャ・ヌォーヴァ通りに創業したグッチは、20年ほどでローマのコンドゥッティ通りに進出しました。
しかし、当時のイタリアは、ファシズム政権下にあり、材料となる革の不足に頭を悩ませることになりました。
そこで、バンブー(竹)などを使った画期的な素材の組み合わせを考案し、そのアイディアは、後に「バンブーバッグ」誕生へとつながっていきます。
100人からの職人たちが3日がかりで、ひとつ仕上げるというもので、オリジナルは、NYのメトロポリタン美術館にも所蔵されるほどの美しさを誇ります。
■【HERMES/エルメス】
※1837年、パリのランパール通りに馬具づくりの下請けの店を開いた当時、創業者のティエリ・エルメスは、まだ36歳の若さでした。
いつの日か世界一の馬具をつくる、ということだけを人生の目標に生きた彼は、名声こそないが超一流の馬具職人だったということです。
彼が77歳で人生に幕を降ろしたわずか3ヶ月後の1878年4月、パリ万博に出品されたエルメスの鞍が、グランプリに輝きます。
つくったのは、2代目のシャルル・エミール・エルメスでした。
このブランドの栄光の歴史は、その受賞の瞬間から始まった、といってもいいでしょう。
商品の購入時、ラッピング用の箱をよく見ると、「HERMES」の文字とともに馬車と、それを引く馬の図柄が目に止まります。
けれど、手綱を握る主人の姿はどこにも見当たらないです。
人の乗っていない馬車、それは、「我々は最高の乗り心地の馬車を用意する。ただ、そのことだけに徹する。」という意味なのだそうです。
ここに、エルメスの頑固なまでの職人気質を垣間見ることができます。
■【FENDI/フェンディ】
※ジェントルマンを敬う「Sir(サー)」という単語が英語にありますが、FENDIとは、イタリア語で、ちょうどこれにあたります。
第一次大戦後の1925年、ローマに創業した高級毛皮店・フェンディは、オープン当時、新婚夫婦のエドアルドとその妻・アデーレが二人きりで切り盛りしていました。
遠くアメリカでは、ハリウッド女優たちの間でキツネの襟巻きが流行していた頃で、アデーレのデザインする毛皮のシックな美しさはそんな時流とマッチし、わずか10年ほどでイタリア国内ではちょっと知られた存在となりました。
カール・ラガーフェルドが参加した60年代以降は、フェンディ一族とのデザイン・技術開発のコラボレートによって、ゴージャスで重たい毛皮の持つ古いイメージを払拭し、カジュアルな毛皮、という新しいニュアンスを誕生させました。
97年の秋冬には、その後のバッグデザインに潮流を左右する大ヒット「バゲット」が、創業者の孫、マリア・シルヴィアによって、発表されました。
■【CHRISTIAN DIOR/クリスチャン・ディオール】
※1946年、パリのモンテーニュ通り30番地に、クリスチャン・ディオール・オートクチュールメゾンが誕生しました。
神(Dieu)と黄金(or)から成る魔法の名、Diorと、かつて詩人で画家のジャン・コクトーは、ディオールをそんな優美な言葉で表しました。
第2次大戦後間もなく、ニュールックを携え彗星のごとく現れ、失意の底にあった女の子たちにおしゃれすることの楽しさ、喜びを思い出させた伝説の男、クリスチャン・ディオール。
その魂は、90年代が生んだジョン・ガリアーノなどの真のスターデザイナーによって受け継がれ、今なお世界のモードシーンに行き続けています。
■【PRADA/プラダ】
※1813年、創業者マリオ・プラダとその兄弟が、ミラノに皮革製品のインポートショップをオープンしました。
ヨーロッパ各地やアメリカまで旅をした、当時としては珍しい国際人マリオのセンスが生かされたショップで、ミラノの上流階級の間で評判になりました。
1978年、マリオ・プラダの孫娘にあたるミウッチャ・プラダが「プラダ」を引き継ぎます。
ミウッチャは、20代後半まで、ただ一度もファッションの専門教育を受けたことがなかったですが、防水性の生地を使った手持ちのバッグを、70年代に発表したのは、「プラダ」が一番早かったです。