ベッドの歴史
新石器時代 ベッドは、ワラまたはそれ以外の天然材料を、積み上げ動物の毛皮を載せた山にすぎなかった。土(カビ・ほこり)の汚れや風の通りを避ける目的の為、ベッドを地面から持ち上げた。
紀元前3600年 イランの方では、山羊の皮で袋を作り水を入れてベッドにした。
紀元前1400年 エジプト人は、高いベッドの枠組みを持っていた。枠組みは、階段で上りカーテンを閉められていた。
また、エジプトの社会の王と女王の枠組みは、木で出来ていて金や金メッキを貼った。

ツタンカーメンの金メッキのベッド


石や木または鉄で出来ている半円筒の形をした物で、頭を支えていた。
古代のアシリア人、古代メディス人とペルシャ人は、似ているベッドを持っていた。彼らの枠組みには、よくアコヤ貝と貝殻と象牙や鉄をデザインしたものを飾ってあった。

あこや貝

象牙
紀元前200年 ローマ人は、布の袋の中に羊毛やアシ(植物)を押し込んでベッドとしていた。裕福な家は鳥の羽を使用していた。
中世ヨーロッパ 古代のドイツ人は、床に葉とコケを盛り上げて、動物の皮を乗せて眠った。中世初期に、彼らは床やベンチにカーペットを敷き、羽を詰込んだマットレスを置いた。
彼らは通常、裸で寝ていて、大きなシーツにくるまって寝た。
12世紀中期 12世紀の資料では、ベッドはとても豊かになっている。ベッドの枠組みは手彫り細工、彫刻と絵画、刺繍されたカバーやマットレスで、より豊かに見えた。
ベッドの上にカーテンを掛けているのは良く見られる。そして、天井上から吊された小さなランプも見られるようになった。
13世紀中期 カロリング(書物)の中に書かれているベッドを見てみると、頭はかなり高く作られていた。頭はクッションを積み重ね高くし、体を斜めにして寝た。この形は、フランスの13世紀まで使用された。
14世紀 14世紀初めの記録では、毛皮や金の刺繍といった、高価なカバーが有ることを、残している。その頃、天井か壁に吊り下げられたベッド(テスターベッドと呼ばれていた)が出来た。
そのアイデアから、部屋の中に独立したベッドルームが出来た。
風が通らない程にカーテンを閉めていて、ベッド周りの道はruelle(リュエル)と呼ばれていた。
15世紀 ルネッサンス次代には、えんどう豆の殻やワラ、羽毛の上にシーツとしてブロードやベルベッド、絹を使用した。
※Brocades(錦・織物)、velvets(柔らかくなめらかな織物)

Napoleon I's bed
16〜17世紀 「優れたベッドの世紀」と呼ばれた。現在に近い様になりマットレスとベッドフレームに分けられた。マットレスには羽毛を、フレームには皮の紐を使用した。そのベッドには、カーテンが頭の所に付けられていた。
18世紀初期 マットレスにコットンやウールを使用していた。
ドイツでは、初めて枕にダウン(羽)を使った。
18世紀中期 マットレスのカバーには、コットンかリネン(亜麻布)で、丈夫なものを使用する様になる。マットレスには、ココナッツヤシや牛の毛そしてウールを使用し、またマットレスの角の部分を縫合して四角い形にしていた。
1855年 タイラー・ハウという人がマサチューセッツ州でスプリングベッドの特許を取った。
1873年 サージェームズジェットは、ウォーターベッドを主に病院に紹介した。初めてセントバーソロミュー病院が、治療と圧力潰瘍の予防としてウォーターベッドを使用した。
1895年 英国のデパートは、大規模なボトルのウォーターベッドを販売した。いくつかは、通信販売された。
1930年代 マットレスの基盤中にバネが広く入るようになった。
19世紀中期 19世紀中期までは四柱式寝台のベッドが一般に使用されていた。

四柱式寝台ベッド
1950年代 発泡ゴム製のマットレスや枕が広く販売されていた。
歴史上最も有名な寝室 オデュッセウスの寝室

 歴史上最も有名な寝室は、オデュッセウスの寝室と言われています。これは、オデュッセウスとペネロペが婚礼に際して、オリーブの大樹を切倒して、そこにベッドを作ったと言うお話です。オデュッセウスの寝室はこのベッドを中心に作られたと言われています(なんと、オデュッセウスは家より先にベッドを作ったのです)。

 『オデュッセイア』は、紀元前8世紀後半頃の詩人ホメーロスの作とされる古代ギリシアの叙事詩です。古代ギリシアにおいて『オデュッセイア』は、教養ある市民が必ず知っていたとされる知識のひとつでした。

 イタケーの王であるオデュッセウスは、妻ペネロペのために、巨大なオリーブの木から、婚礼のベッドを作りました。彼は、結婚後すぐに長い旅に出ることになりました。

 オデュッセウス一行が船を遭難、難破させるといわれている怪鳥セイレーンのいる海域を通っている図です。

 セイレーンの美しい歌声が聞こえてくると、船員達が惑う事を聞いたオデュッセウスは船員には蝋で耳栓をさせ、自分の体をマストに縛り付けました。一人だけセイレーンの歌が聞こえるオデュッセウスが暴れだすと、歌に惑わされていると判断して船を進めます(オデュッセウスは単に歌が聞きたかっただけとも言われています)。歌を聞いて惑わせなかった人間はいないことを自慢に思っていた彼女たちは、オデュッセウスを引き込めなかったことでプライドが傷つき、海に身を投げました。

 長い年月彼は戻ってこなかったので、船が難破して、オデュッセウスは死んだと思われていました。

 オデュッセウスは艱難辛苦(かんなんしんく)の挙句、何年もかかってようやく故郷に辿り着きましたが、魔法で老人に変装させられていた為、誰もオデュッセウスと気付きませんでした。オデュッセウスが死んだと聞きつけ、ペネロペに40人の求婚者が遺産目当てに言い寄ってきていました。

 ペネロペはオデュッセウスの弓を持ち「この弓を扱える者と私は結婚する」と告げます。求婚者は、次々と試してみますが失敗、しかし老人の姿のオデュッセウスだけが弓を扱えました。ペネロペは、老人をもしかするとオデュッセウスかもしれないと思いました。

 そして、ペネロペはオデュッセウスが作った婚礼のベッドを寝室に運ぶように命じました。オデュッセウスは「それは無理だ」と言いました。なぜならベッドの脚の一本が地面から生えているオリーブの木で出来ているベッドなので動かすことはできなかったからです。
 これは夫婦だけの秘密であって、ペネロペはオデュッセウスを迎え入れることができました。

ローマ人は、休息のためにいろいろなベッドを持っていた lectus cubicularis:普通に眠るためのベッド
lectus genialis:夫婦の寝るベッドは非常に飾られて高価な物だった。アトリウムの中に入口が有り、ドアの反対側の一番奥に置かれていた。
lectus discubitorius:(テーブルベッド)そこでは、中央の場所が最も尊敬すべき人物の位置と考えて、通常3人で食事をしていた。
lectus lucubratorius:勉強するためのベッド
lectus funebris:死者を運ぶベッド
ヴェルサイユ宮殿 43のベッド

 ルイ14世は莫大な数の高価なベッドを持っていました。彼のベルサイユ宮殿の備品目録にはルイ14世のデイベッド(長椅子の一方に背もたれがついた寝椅子)が48台記録され、説明されていました。
 その中のいくつかには、金や銀で刺繍しその上に真珠までのせていました。
 フランスのヴェルサイユ宮殿では「ビーナスのトライアンフ」が刺繍されたシンクのビロードのカーテンでベッドを囲んでいました。ビロードが見えないほど金が使われていました。フランスの王様が国会に行く時にはイスではなく、ベッドが置かれ「正義のベッド」と呼ばれていました。
 ルイ11世がそのベッドを最初に使用し、この習慣は君主制の終わりまで続きました。正義のベッドが入れられている部屋はパレードの部屋と呼ばれていて、そこにはフランス王室の特定の人(大使または偉大な支配者)しか入室できませんでした。




(左)ビーナスのトライアンフ(右)正義のベッド
 



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